15回忌

あのとき大学院で博士課程の2年目だった私も今は40歳。早いものです。

今日のNHKスペシャルで「大きな揺れが2回」と言っていましたが、実際に大阪府豊中市の実家では揺れが2回だったかどうかは記憶が曖昧です。結構長い時間揺れたという記憶はあります。あの2日前から5時40分頃に目が覚めるようになり、当日も何故か目が覚め、「3日連続だなぁ」とか思っていた矢先に揺れがきたので。それでも、大きな揺れだったという記憶があるのみで、2回というのは気がつきませんでした。ま、あの地震計のデータを見る限り、人間にその判別が出来たかは難しいのではないかと思いましたが。

それでも大学はえらいことになり、研究室では電気こそその日のうちに復旧したものの、ガスは2週間、水道は1ヶ月かかりましたからね。トイレが大変だったとか、2週間ストーブなしで、ストールを羽織って過ごしたことが思い出されます。

さて、あの時に動いた淡路島から宝塚にかけて伸びる断層ですが、実はそのまま国道171号線に沿って大阪北部を横断し、京都府の山崎まで繋がっていたりします。で、宝塚から京都までは前回ほとんど動いておらず、割れ残った状態になっているのですよ。

うちの実家、なんだかんだ言っても171号線に近いし、家は盛り土の上に建ってるし、次にもしあそこの断層が動けば確実に大きな揺れがきて、下手をすると家ごと崩れ落ちる可能性もあります。出来れば家族には引っ越してほしいと思っているのですが、どうも終の棲家とするつもりなのか、動く気配はありません。うーん、当面は来ないことを祈るのみですね。

ちなみに私が住んでいる厚木市。最も近い活断層は伊勢原断層でして、これは小田急伊勢原駅から七沢温泉にかけて走っています。また秦野断層というのもあります。秦野駅のすぐそばを走る断層でして、あの辺は細かな断層の巣になっています。
最近、この辺に建てられたマンションの案内がポストに入るのですが、絶対に引っ越しません。断層から1km以内は住まない、というのをポリシーにしています。少なくとも今わかっている活断層のそばには絶対に住まないことにしています。

本当は地質図を手に入れるか書くかして、地滑り地形かどうかもチェックする必要があるのですが、なかなかそこまでの時間は取れませんね。どこかの大学の地質研究室から手に入れられないかなぁ…あとはこっちで読むんだけどなぁ。

何にせよ、15年経っても、いろいろと解決していない問題はたくさんあります。被災者の方々、くじけずにがんばってください。私もなるべく多くの人にあの時の体験を語り継いでいきたいと思っています。