1.遭遇
 西暦2050年1月。人類は初めて異星人からのメッセージを受信した。それは核融合エンジンを使った可視光モールス信号とも言うべきものであった。この 技術に驚嘆した人類は、早速コンタクトを行うため、太陽系開発機構(SSDO)の下部組織として異性文化交流委員会(ETCEC)を設立。コンタクトのた めの準備を始めると同時に、国連宇宙軍(UNSF)が「抜け駆けコンタクト」防止に全力を注ぐこととなった。

2.第一印象
 西暦2051年1月。前年から送られてきたいた友好メッセージの後に、いきなり足し算の三択問題を2問受信した。次いで2052年1月には後に問題となる「第4メッセージ」を受信。しかもこれが意味不明であったため、
「何となく高飛車な異星人だな。もし第2、第3メッセージが足し算なら、こっちの知的レベルを測っている、という事だろ?普通、友好メッセージの後にいきなり知能テストを送ってくるか?」
という印象を持つ。
それもあってか、我々は情報を出し惜しみすることに決定し、友好メッセージを返さなかった。これがのちのち問題になってくるのである。
取りあえず、第4メッセージの意味が全く分からなかった我々は第2、第3メッセージが足し算であるかどうかも自信がなくなり、これを確認すべく、第2、 第3メッセージが足し算であった場合の正解と、新規にもう一問、足し算問題を作成して返信。第4メッセージは返事を保留した。
上記の返答を2052年1月からまず電波で送信し、続いて6月からは完成したばかりのレーザー送信設備を使用して可視光線による送信を開始した。

3.問題の第4メッセージ
 さて、この第4メッセージについて我々が議論した様々な可能性について、ここで語っておきたいと思う。
出ていた可能性として最も可能性が高いと思われていたのは「DNA説」である。あの形が二重螺旋に見えるというものであった。この説はもちろん、後から考えてみれば正解だったわけだが、「じゃあ、どう解釈するのか?」が問題となり、結論は出なかった。
他には、前2問が足し算であったことからして、何らかの数値演算ではないのかという可能性が検討された。かけ算、割り算などである。しかしどのように解釈しても解けそうにはなかった。特に3つ目の選択肢枠に何も無いのが理解できなかった。
いずれにしてもこの返答が大変な意味を持つに違いないことは理解できた。次第にDNA説が優勢になるにつれ、
「『食べても良いですか?』じゃない?」
「いやいや、『寄生してもいい?』かもよ。」
「『交配しましょう』だったらどうする?」
「どれが?」
「・・・・・・・」
という議論が進展していった。少なくともここで出てきた3つは、みんなどれもイヤだったので、もっと慎重に情報を集めてから返答をすることにしたのだ。

4.プローブ発射といやがらせ?
 西暦2053年1月。相変わらず第4メッセージは流れてきている。しかし、我々には質問の意図が分からないため、取りあえずは無視し、完成した探査プ ローブ「スーパー・ボイジャー」を送り出した。予定通りであれば2060年に到着、2061年には相手宇宙船のイメージを得られるはずだ。一応スーパー・ ボイジャーには可視光線カメラ、赤外線カメラ、レーダー、レーザー送信機、X線検出器が搭載されているため、宇宙船の姿以外にもレーダーによる形状マッピ ング・データも得られると期待されている。
翌年、第4メッセージが止まり、全く情報が流れなくなってくる。こうなってくると我々には打つ手がない。しかし、ここで
「これまでは相手に主導権が握られっぱなしではないか。ここで我々のペースでコンタクトを進めるための手順の開発を行い、ついでに礼儀を知らない異星人に、礼儀ってやつを教えてやろう!」
という意見が出て来たので、数値の表し方と四則演算・論理演算記号を開発。例題をつけて送信することにした(表1及び図1)。
まぁ、ここまでは普通なのだが、少しやりすぎたかなと思ったのは(どうやら後々相手の気分を害したらしい)、数値を1から1000まで計1000枚、そ れぞれの例題というかなんというかを100問ずつ送りつけた事であろう。四則演算各100問、真偽判断100問、疑問符100問で計600問。トータル送 信枚数、なんと1600枚!要は小学校の夏休みの宿題に出てくる算数ドリルを送りつけた様なもんである。もちろんこの新プロトコルを用いて、ちゃんと第4 メッセージに「?」をつけたものも送った。
ちなみに演算記号は3×3ドットの記号を基本とし、表1のようになっている。特に「?」はカタカナの「ト」の形に似ていることから、我々はこの後質問をするときには、首を傾げて「ト?」と言うようになった。

5.平穏なひととき
 西暦2055年から2057年までの3年間は、平和で、まっとうなコンタクトが行われていたと考えて良いであろう。
2055年には最初の質問に対する返答があった。どうやら第2、第3メッセージは足し算でよいらしい。しかしすると第4メッセージは?相手からは返事を 催促するかのように、再び第4メッセージが送信され始めた。と、同時に何か(おそらくは相手側のプローブ)が発進、地球をフライバイする旨が送られてき た。プローブと判断した理由としては、相手の宇宙船が移動した様子がないこと、さらにはフライバイである以上、もし宇宙船本体であっても、特に脅威とはな らないであろう、という判断があった。我々はプローブのフライバイに関してはOK、第4メッセージは「├」を再び送信する。
翌2056年、我々は嫌がらせとも思える「あの」ドリルの答えを受け取る。どうやら理解してくれたらしい。
「これでこちらのペースでコンタクトが出来る」
と一同の顔に満足げな笑みが浮かぶ。
同時に第4メッセージが再びやってくる。どうやら本当に重要らしい。しかしわからないものは返事のしようがないので、取りあえず
「こちらのプローブが2060年に到着に到着すること」
「年と大きさの単位」
「そちらのプローブ到着は何年か?」
を送信し、第4メッセージはひたすら無視する。
さらに翌2057年。彼らに関する詳しい情報が全く存在しないことを鑑み、彼らの背後に「グルームブリッジ1618(以下GB1618)」が存在するこ とから、両者の関係を質問すると同時に、軌道天文台を動員してGB1618の集中観測を開始した。その他周期律表と我々の体を構成する元素の一覧を送り、 相手がどのような元素で出来ているのかも質問した。また、小惑星帯に観測施設を増設し、レーザーの送信設備も強化した。
しかし、そんなゆったりとしたコンタクトに一石を投じる出来事が、同年12月末に発生した。何と、質問を送っていた相手プローブがフライバイしたのである!ここから狂乱怒濤のコンタクトが始まろうとは、誰も予想できていなかった。

6.コンタクト・ベース建設開始
 西暦2058年。相変わらず第4メッセージは届いている。と同時に、異星人の宇宙船から地球に向けて伸びる一本の線が入ったメッセージ。
「え?これは地球を訪問したいと言うこと?」
我々は慌てた。相手の目的もわからない。第4メッセージの意図もわからない。相手の母星も生態も何もわかっていないのである。こんな状態で訪問されても、 こちらは何の対処も出来ない。さらに付け加えて言うなら、もし侵略の意図があったら、いやそこまで言わなくても地球に彼らが住み着き、我々のテリトリーと 重なって問題が起こったら・・・
この時彼らからは彼らの姿、大きさ、二重螺旋のDNA構造らしきものが描かれたメッセージも受け取っていたので、もしかしたら同じ様な代謝機能を持って いるかも、という判断が成り立ちつつあった。一応DNAらしきものが地球人と同じであるかどうかを問い合わせるべく、我々の体を構成している物質の一覧を 元素周期表とともに送信する。あとは「来訪したい」というメッセージに対する返答だが・・・
「さすがにいきなり地球に来られるのはまずい。どこか別の場所でコンタクトを行うべきだ。」
委員会の意見は一致した。候補は木星か土星(冥王星という話もあったが)であったが、現状の設備や生産能力を考慮した結果、木星軌道上にコンタクト基地を 建設。そこでファーストコンタクトを行うことに決定した。そして「木星軌道上でコンタクトを行いたい。地球まで来ずに、そこで止まって欲しい」という旨の メッセージを送信する。もちろん絵だ。
同時に「いざ」という時の対応も議論された。もしそういう場合に陥ったときは、木星コンタクト基地を爆破、もしくは木星に突入させてしまう。というもの だった。同時に異星人の宇宙船がコンタクト基地に近づかなかった場合を考慮して、コンタクト基地周辺及びガリレオ衛星にレーザー砲台の建設も始める。この 場合、保険は多いに越したことはない。使わなかったら太陽系内のレーザー推進ネットワーク用に整備し直せばいいのだから。
ついでに報告すると、ここで彼らの愛称が決まった。
「この絵(図2)って、王監督の顔に似てるよね。」
「じゃあ『王星人(わんせいじん)』か。」
「そういや王監督って、昔ナボナのコマーシャルに出てたね。」
「よし、『ナボナ星人』だ!」
「『ナボナ星人は宇宙のホームラン王です』ってか?」
平和な一コマであった。

7.プローブ、軌道変更
 明けて2059年、プローブの到着まであと1年と差し迫ったところで彼らの母船は1AUほど移動した。これではプローブは宇宙船に接触出来ない。しかし 減速用の燃料を使い、すぐに方向転換を行えば、フライバイは出来る。フライバイが出来れば宇宙船の姿だけは捉えることが出来る。
問題は方向を変える命令を送るかどうかだった。これは異星人が「何故宇宙船の場所を移動させたのか?」がわからなかったことによる。当然委員会では様々な意見が出た。
「GB1618との関係を否定するため」
「(見られるとまずいものがあるので)自分たちの船を見られたくなかった」
「いやいや、実は背後に大移民船団が隠れていて、それを見られたくないので陽動で動いた」
などなど。
ここで再び相手の来訪目的が議論の的になった。どうやら体を構成している元素もほぼ同じようだ。しかしあの姿は?もしかして水棲、しかも卵生ではないの か?とすれば地球来訪目的は移民なのではないか?そこまで議論が進んだとき、委員会は大移民船団を警戒する決定を下した。だがそのまま直進させて移民船団 がいなければ、相手の姿を捕らえることすら出来ない・・・
結局プローブは軌道を変更し、移動した宇宙船へのフライバイを試みることとなった。もし相手がそのままフライバイを許せばGB1618との関係を否定し ただけだったのだろう。だがもし再び位置を移動し、元の位置に戻ったならば、それは移民船団の存在を示唆するものかも知れない。プローブを2機打ち上げな かったことが悔やまれたが、もうそんなことを言っていても仕方がない。これは我々にとっての教訓となったのだ。
しかし相手の意図を知ることは重要な要素であることには違いはない。そこで論理演算までは共通基盤が出来上がっているので、今度は名詞と動作を表す動詞 を辞書として送る。ただし動詞は異星人側との動画のフォーマット及びプロトコルの仕様を決定できていなかったので、止むなしに2枚の連続静止画で代用し た。
また、彼らの故郷として「うみへび座βⅡ(以下HyaβⅡ)」が急浮上してきたため、GB1618に向けていた観測網をHyaβⅡに変更。さらに20光年以内にある惑星系の観測を強化した。

8.デフコン2発令!
 西暦2060年、いくつかのメッセージを受信したが、今度は我々人類と彼らが向かい合って何かをしてる画像が送られてきた。話し合いか?それとも・・・
「食べてもいい?って聞いてるんじゃない?あのお腹って口みたいに見えないこともないし・・・」
という意見も飛び出したが、そんなのは平和な解釈が出来るメッセージであった。
何と彼らは木星でのコンタクトを拒否。しかも地球上での共存と思えるものと、どう見ても地球を明け渡すよう求めているとしか思えないメッセージを送信してきた(図3)。地球に一緒に住まわせてもらうか、もしくは地球から出て行けと言うのか・・・
「やっぱり移民だ。しかもこれは侵略だ!」
ここにきて委員会はデフコン2(臨戦態勢)を発令した。異星人にはこの提案を拒否、木星でコンタクトしたいとする旨のメッセージを送信すると同時に、人口はどの程度なのかという問い合わせをも発した。相手の数が1万人と10億人では全く対応が異なるからだ。
同時に、太陽系内の防衛網を強化するべく、急いで地球及び火星の衛星軌道上に十数基のレーザー砲台群、通称「アルテミスの首飾り」の建造を開始した。宇 宙艦隊構想もあったが、先のプローブの性能からおそらくまともな艦隊戦などは不可能であろうと判断。何かあった場合には水際で叩くことにしたのだ。
さらにスペクトル観測からHyaβⅡを巡る惑星に水蒸気の存在を確認した。どうやらここが彼らの故郷らしい。だが、彼らが水棲であるほど水が豊富なのかどうかはわからなかった。
とは言え、この年、人類と異星人とのファーストコンタクトは急転直下の展開を見せ、一触即発とも言える状態に変化した。

9.辞書交換、そして和平の模索
 このように、委員会内からはハト派がほぼ一掃されてしまったが、一縷の望みを残してはいた。
「もしかして彼ら一流のジョークか、我々が相手のことを理解できていないことに端を発する誤解ではないのか?」と。
だが、プローブが相手の映像を捕らえたであろう2061年、彼らはこの期待を裏切った。いや、地球人は「裏切られた」と感じたのだ。
彼らは姿を見られないよう最初に移動したのと同じ方向に、さらに1AU移動。 「やっぱり大船団が?少なくとも彼らは見られたくない、またはこちらとの普通のコンタクトは望んでいないのでは?」
という憶測が飛び交う。肝心のプローブも目隠し同様に全ての情報発信・受信機能を殺された上、相手に拿捕されてしまった。当然我々の技術レベルも完全にバ レたことになる。もっとも急造の寄せ集めプローブであるから、若干旧式であるし、完全に情報を把握されたわけではない、と自らを慰める。
だがそれだけでは終わらなかった。彼らは「8年後に到着する」というメッセージの送信と同時に、地球に向かって移動を開始したのだ。こちらも慌てて、再度地球来訪拒否と木星でのコンタクト要請を発信。
少し時間が経った。我々の頭に昇っていた血も少し下がったのだろうか。それとも一旦休憩して食事をしたのが良かったのだろうか?(実際、ここで3日目の食事タイムが重なった)
「我々は相手のことを何も知らないに等しい。迎撃体勢に関しては一定の準備を始めたのだから、もう一度、出来る限り交渉事は続けるべきだ。少なくとも戦争になるにしても、向こうの情報は多いに越したことはない。」
という意見が出てきた。それならば、と委員会では相手に是非訊きたい内容を検討。その結果として、
1)辞書を送って欲しい
2)(水棲かどうかを確かめるために)水とはどのような関係なのか?(図4)
3)こちらの人口を送るとともに、相手の人口を尋ねる
ことにした。
「まったく、ガガーリンが初めて地球を飛び出して100年目の記念すべき年だというのに・・・」
そんな言葉がむなしく響いた。

10.基準策定
 続いて我々委員会は2つの問題に限っての議論が展開された。
1.もし平和的に移民を希望してきた場合、彼らを地球に受け入れるのか?
2.もし相手が木星でのコンタクトを拒否し地球に向かった場合、いつ発砲するのか?
である。
一つ目の問題は
「人数が少なく、向こうが海に住むのであれば、受け入れても良いのでは?」
という意見が出たが、
「地球の魚を食べ尽くしたりはしないか」
「彼らの母星から動植物を持ち込まれ、生態系が破壊されてしまうのではないか」
などの意見が出て、これは却下することに。では地球以外の天体ならばOKなのか?様々な議論はあったものの、ガニメデやカリストならば良いのでは、という意見が優位であったため、この方向で調整が進んだ。
続いて2つめの方であるが、こちらは結局月軌道より内側に入った段階で攻撃する、という事が決まった。あまりにも地球に近づけすぎれば、卵を載せたカプセルをばらまいて去って行かれるのではないか、という事態を警戒したのだ。
その段階で
「もうなんか、相手が近づいてきたとき、問答無用で撃っちゃって、全てなかったことにしない?」
という弱音も出てきて、思わずみんなの心が揺れたのも事実であった。がみんなを正気に押しとどめたのは
「でもさ、これが母星を失った難民だった場合、寿学先生から『君たちはなんて事をしたんだ!一つの文明を滅ぼしてしまったんだぞ!』って怒られるんじゃない?」
という一言であったことを、ここで付け加えておく。
話が横道にそれたが、何はともあれ、これらの方針に沿って2061年10月に第2のコンタクト基地を月の孫衛星軌道に建設し始めた。だが相手から送られてきた人口を見たとき、委員会では「地球への移住は絶対拒否」の方針が強まった。彼らからの回答はこうだった。
「宇宙船には12人、母星には600億人」
委員会全員が絶句した。
「600億ぅ?!」
「こいつら絶対卵産んでるな。」
「しかし、12人だけとは好都合。いざとなったらあの船を沈めて、何も無かったことにしよう。」
「そうだそうだ。これならそんなに大げさな武装はない。勝てる!」
こうして我々はトリガーに指をかけることを前提に、様々な懸案を片づけていった。

11.最後通牒
 西暦2062年。ついに小惑星帯に配置された観測機器群が相手の宇宙船の姿を捕らえた。大きさは1kmほど。車輪形をしていることから回転により疑似重 力を発生させているようだ。どうやら重力制御の様な技術は持っていないらしい。それなら万が一戦闘に鳴った場合も我々にも勝ち目がある。しかも向こうには 12人しか乗っていない。好都合だ。
しかし相変わらず、木星でのコンタクトを求めた通信に対しては返答がない。どうやら本気でこの件は無視するつもりらしい。しかし「アルテミスの首飾り」 建造開始から2年。こちらの作業工程は順調であることだし、対応も発砲基準も明確になった。では無視されるかも知れないが、一応「最後通牒」を行うことに した。それは
「月軌道にて停止されたし。なおこれより内側に侵入した場合、攻撃・撃破する」
という内容を絵で表したものだった(図5)。そう、未だに我々は辞書交換が成立しておらず、相手に絵でメッセージを送るしかなかったのである。残念なことに。
さらに「撃たずに済む」理由を探すために
「地球来訪後、そのまま帰る気はあるか?」
という質問もしてみた。帰る気があるなら、無益な殺生はしなくてもいい。
半年後、彼らからの辞書が到着した。名詞だけではあったが、少なくとも全く交渉に応じる気がないわけではないらしい。さらには
「水との関係」
を問いただしたメッセージについての返答もやってきた。これは残念ながら我々の期待を裏切り、水がないまたは水が少しある環境、つまり陸地が良いというものであった。
「なら別に地球でなくてもいいんじゃないの?」
そう言う疑問を誰しもが持ったが、結局木星でのコンタクトの件だけは最後の最後まで黙殺されたままだった。
誰かが言った。
「もしここで撃たなかったら寿学先生から『何で撃たなかったんだ!君たちは地球人類を滅ぼす気か!』って怒られるんじゃないかなぁ・・・」
もう力無く笑うしか出来ない委員会一同であった。

12.緊張緩和、そしてコンタクト準備
 彼らが到着するまであと1年と少し。現在は慣性航行中であるが、冥王星軌道の外側から減速しながら太陽系に侵入してくる彼らの宇宙船は、1年後には誰で も見えることになるだろう。撃破するなら相対速度が0に限りなく近づいたところが良い。しかも母星に応援を求める間もなく、一撃で破壊することが望まし い。そしてそのポイントは月軌道をから内側に入った瞬間あたりだろう。
防衛軍の司令官らとの綿密な打ち合わせが続く。
「エンジンだけを狙えないか」
「ノズルさえ使い物にならなくすれば、航行能力を失う。拿捕が可能なのでは」
などという意見も出たが、基本的には「撃破」の方向で調整が進んだ。
「キューバ危機の時のケネディ大統領も同じ気持ちだったんだろうなぁ。『頼むから止まってくれ。でなければ戦争覚悟で攻撃だ』ってね。」
などとも思った。
そして緊張の解ける時が訪れた。コンタクト基地完成とともに、まるでタイミングを狙ったかのように、
「帰るつもりあり」
「月軌道停止OK」
のメッセージが届いたのだ!
委員会全員の口から安堵の溜息が漏れた。我々は戦争を回避できるかも知れない。少なくとも最初の山場は越えたのだ。
だがそれを喜んでばかりはいられない。あくまでも停船に応じてくれただけで、相変わらず移民を求めている事以外は謎のままなのだ。一体どんなメンタリティを持つ種族なのか?平和的につきあうことは可能なのか?
防衛軍司令官の指は未だにトリガーに掛かったままだ。しかも「念には念を」と、月面に資材打ち上げ用のマスドライバーという名目も兼ねて、レールガンを設置する事に決定。早速建設が始まった。「闇討ち1号」という話もあったが、一応ボツになった。

明けて2063年、相手から「1AU離れたところに停船し、代表2名を送る」というメッセージがやってくる。早速「了解した」というメッセージを返信する。
さらに「アルテミスの首飾り」が3年の歳月を経て遂に完成。10月には月面上に建造中だったマスドライバーも完成し、ハード面ではファーストコンタクトの準備が全て整った。

13.ファースト・コンタクト
 さて、では次の課題はソフト面である。一体何を交渉するのか?相手にガリレオ衛星を引き渡すなら、何を見返りとしてもらうのか?それよりなにより、最も重要なファーストインプレッション(第一印象)をよくするためには何をすれば良いのか?
そこでまず人員は基地全体で100名ほど、交渉には向こうと同じ2名で当たることにした。そして何かあった場合はあらかじめ仕掛けてある爆弾で基地ごと 宇宙のチリになってもらう事にした。さらに同時に地球及び火星周回軌道上の「アルテミスの首飾り」全機をもって、宇宙船を攻撃することも決定した。
交渉に当たって決めたのは以下の内容である。
1)出迎える時の挨拶は、「右上肢を上に、左上肢を下に」という相手の挨拶とおぼしきポーズ(図6)で歓迎する。
2)来訪目的を問いただす。もし移民であれば、地球への移民は拒否、ガリレオ衛星ならば条件によってはOKとする。
3)移民を認める条件としては、宇宙船またはその設計図などの引き渡しを求める。これはいざというときのために、我々が恒星間航行能力を獲得するためである。
4)問題の第4メッセージについてはどういう意味があるのかを再び問いただす。
それ以外は協議期間を設けて互いに持ち帰って協議することとした。

西暦2064年1月。人類はまさに世紀の瞬間を迎えた。やって来た異星人に対し、例のポーズを取る。それに相手も応えた(図7)。
「やった、成功だ!」
我々は確信した。
しかしここから先は大変だった。彼らは「スペースコロニーを提供する」という提案を拒否。あくまで地球への移民にこだわる。ガニメデへの移住は了承した ものの、「テラフォーミングを地球人側で行って欲しい」と条件が付く。見返りとして求めた「宇宙船またはその設計図」は拒否される。
これらのことを全て絵で交渉しなければいけない。我々委員会は地球人の英知を傾け、「Question & Answerボード(仮称:図8)」を開発していた。これが実際の交渉を円滑に進めた「縁の下の力持ち」となったのは言うまでもない。
交渉はさらに進んだ。交渉の際に尋ねた彼らの繁殖率は、予想を上回るものだった。「10人が100年後には何人になっているのか?」という問いには「10万人(!)」という返答。
「やはり地球には受け入れられない」
みんながそう実感した。
異星人は使節交換を申し込んできたが、我々にとって何もメリットがないと判断し、これはこちらが拒否した。
最後に
「これで立ち去るが、その際に攻撃する気があるか?」
という質問が出た。去る者をあえて撃つ必要もない。我々は「NO」を示した。満足したのか、彼らはそれを見て立ち去っていった。

14.結局アヒストとは・・・
 彼らは太陽系から去っていった。一体彼らはどういう種族だったのだろう?わかったことは以下のことだけだ。
1)水棲で、すさまじいまでの繁殖力を持っている。そのため母星の人口が爆発的に増え、移民先を探しに来た。
2)恒星間航行能力を持っている。電波は使わず、光通信のみを用いる。
3)秘密主義と言って良いほど自分たちの情報を明かさない。信頼関係を醸成する相手としてはいかがなものか?
去ってしまった彼らのことはこれ以上詳しいことはわからないだろう。だがいずれ彼らは大移民船団でもって太陽系に押しかけてくるに違いない。我々はその時に向けて、次の準備に入らなければならないのだ。

追伸.反省会
 Dチームを待っていたのは1枚の紙だった。
「彗星爆弾だぁ?!こんなもの準備してたのか!」
チーム全員が絶叫したのは言うまでもない。

追補.反省点、実際のファースト・コンタクトに向けて
 今回のシミュレーションで明らかになったことがある。それは以下の4点であろう。
☆辞書をどうするのか?(意志の疎通は簡単ではない。特に動詞)
☆相手のメンタリティー研究(勝手な思いこみを防ぐには重要)
☆技術差が大きい場合の外交戦略・戦術(もしくは地球防衛)
☆ミスの発生防止(送信時にチェックが甘く、ミスをしていた)
今後、この辺を検討し、FCSの精度を高める努力が必要だなぁ、と感じたCJ4でした。